今、石巻の部活が変わる時!

伊東たかひろ

伊東たかひろプロフィール

1969年9月16日生まれ(56歳)

  • 父の仕事の関係で北海道、広島、京都へ転校、中学3年の時に大和町吉岡へ
  • 宮城県泉高校卒業
  • 平成元年に石巻専修大学経営学部入学(一期生)
  • 平成5年に同大学大学院経営学修士課程に入学
  • 平成7年に大学院修士課程修了(経営学修士)
  • 平成2年より家庭教師派遣、学習塾経営
  • 令和元年より建設会社に勤務 (二級土木施工管理技士)
  • 震災後、学都仙台コンソーシアムの復興大学地域復興支援ワンストップサービス石巻センターでコーディネーターを務める(5年間)
  • 内閣府復興支援型地域社会雇用創出事業で石巻担当の世話人とメンターを務める
  • 平成8年FCインパルスサッカースポーツ少年団監督に就任
  • 令和元年に東松島サッカークラブ代表就任
  • 石巻サッカー協会審判部に所属、県内サッカーフットサルの試合で審判活動

主な役職

石巻市立住吉中学校コミュニティスクール委員
石巻市立牡鹿地区小中学校コミュニティスクール委員
石巻市教育委員会・学校支援地域コーディネーター

石巻専修大学同窓会会長
専修大学校友会監査

伊東たかひろからのご挨拶

皆さん、こんにちは。

私は平成元年に石巻専修大学の一期生として石巻の地を踏み、学生、社会人と40年近い年数が経ちました。

学生時代から家庭教師派遣・学習塾の仕事を通して、またサッカースポーツ少年団の指導者、審判員として、多くの小・中・高校生との関わらせていただきました。
石巻地域は少子化、東日本大震災やコロナの影響で子どもたちを取り巻く環境は大きく変わってきました。

子どもばかりでなく大人にとっても大変な世の中です。
そのような状況下で皆さんの声を市政に届け、より良い生活環境を求めていくことがとても重要になってきます。

そのお手伝いを、私にやらせていただきたいと思います。
そのためにも後援会にご入会いただき、自分の住む地域のことを一緒に考え行動していく仲間になっていただけないでしょうか。皆さんの声を市政に届け、形にするよう頑張ります。

皆さんのお力をお貸しください。よろしくお願いします。

報恩奉仕

伊東たかひろ

伊東たかひろお約束

部活動地域移行
成功させる

中学校教諭の働き方改革の一環で部活動の地域移行が進行しています。
指導者、場所、予算などクリアしなければいけない問題はまだまだありますが、部活動を通しての経験は中学生個々にとても重要な経験と意味を持っています。
長年中学生年代の人格形成やコミュニケーション能力の向上に大きな役割を担ってきました。地域移行という形になっても部活動の意義は変わらないと思います。この地域の公教育のを支える意味でも、いろいろな知恵をしぼって部活動の地域移行に取り組みたい。

地域移行
スムーズに進めるために

部活動の地域移行には学校、コミュニティースクール、保護者、地域コミュニティの連携が重要になってきます。どのような形で進めるのが良いのか、生徒たちの安全を守りながら活動のあり方を考える必要があります。
また部活動というのは運動部ばかりでなく文化部も含まれています。
中学生活3年間という大切な期間をより充実したものにするために部活動の多様性、持続性を確立していきたい。

部活動を通して、
地域コミュニティの再構築を

地域移行が進めば学校から地域へ、地域から学校へという関係性がさらに進むと考えられる。これが地域移行のメリットと考えます。
少子高齢化が社会問題になっている昨今、特に地方の学校運営、地域運営の課題解決の一つの糸口になると考えます。
私も長年、子どもたちの学習、スポーツ、学校支援などの活動を通して問題解決のアイデアや運用には少なからず自信はあります。皆様と協力して、必ず成功させたい。とにかくこの一点だけを目指していきたいです。
石巻には公立の中学校しかありません。この地域の今と未来の可能性はここにしかないのです。
ー この約束必ずやり切ります ー
レフリーの経験を活かす!
私はサッカーの審判を始めて30年、小・中・高、社会人の試合に関わってきました。サッカーの審判と聞くと反則をとってイエロー・レッドカードを出してというようなイメージを持っている方が多いと思います。ある面それは正しいのですが、私が考える審判の役割は選手一人ひとりの良いプレーを引き出し、素晴らしい試合になるようにコントロールすることと考えます。
これを一般社会に置き換えて考えると、学校、会社、地域を構成している一人ひとりの市民の皆さんの良いパフォーマンスを引き出し、それぞれの分野で活躍していただくお手伝いとも言えます。

伊東たかひろへの応援メッセージ

坂田隆さん
坂田 隆 さん
石巻専修大学名誉教授 共創研究センター 特別研究員 石巻専修大学前学長

1989年4月に開学した石巻専修大学には「うっとうしい先輩がいなくて、面白いことができそうだ」と考える若者が集まりました。伊東さんもその一人です。教員の居室にやってきて議論をしたり、新聞を発行したり、大学祭を始めたりと、活発な学生でした。

経営学の修士課程を修了してからは石巻で学習塾の経営をするかたわら、サッカーの指導者として、つぎの世代をになう人たちと向き合ってきました。いっぽうで、石巻専修大学の同窓会長として卒業生をまとめるとともに、30万人をこす会員を有する学校法人専修大学全体の同窓会である専修大学校友会の副会長としても15年活躍しました。父親よりも上の世代の役員にまじって、石巻専修大学のをアピールするのは大変でした。

こうした経験が生きたのが、東日本大震災の時でした。校友会の人脈も活用しながら、学内にできたボランティアセンターやキャンパスにテントを張って暮らすボランティアのひとたちや石巻市などと大学の間を見事に調整してくれました。

こうした活動を通じて、石巻市の課題や、将来への展望を強く抱いたことが市政の場をめざす動機となりました。個別地域への利益誘導ではなく、石巻市や石巻圏域全体の発展をめざして活動してくれる伊東さんをぜひ市政の場に送りだしましょう。

渡辺芳樹さん
渡辺 芳樹 さん
(株)コライジング 代表取締役
(公社)日本青年会議所 公認ヘッドトレーナー
石巻市立住吉中学校第50代生徒会長

「伊東たかひろ(以下、伊東先生)」氏は私が高校時代からの恩師であり、公私ともにお付き合いをさせていただいている間柄でもあります。

伊東先生は、年少者年長者それぞれの目線を合わせた対話と、寛容でありながらも人間味溢れる気質をもって、幅広い層の方々から支持を得られてきました。
私も伊東先生を支持するその一人として、本当に多くのことを学ばせていただきました。
それは、伊東先生が大学在学中に起業された学習塾経営にとどまらず、スポーツ少年団、過疎地域の学童支援など、多岐にわたる地域貢献活動を背中で示してくださいました。
未来志向で考え行動するという好影響をいただいたおかげで、私自身、いまでは都内を拠点にエンターテインメントの制作会社を起業・経営し、また伊東先生から教わった「向学心」と「行動する勇気」は、苦難の時に私を支えてくれる指針となっています。

さて、ご存じのとおり、コロナ禍で人々の考えや動きが大きく変化し先行き不透明な中、ただ確実に断言できるのは、日本の人口減少が顕著であるということです。
進化の早い時代において、保守路線では「絶対ムリ」。ただし、革新路線だと「地域との軋轢が起こる」。つまり、制度改革をするために、まずは地域とのコミュニケーションが原動力であり必至です。伊東先生のような幅広い見識と経験をもって、地域とともに行動できる市民であり、バランスのとれた人財(リーダー)の力が重要となります。
このような人物像です。【街の課題をしっかり見出して、一人でやるのではなく、いろいろな人を巻き込んで、批判するのではなく具体的な行動を起こせる。】
宮城県に生まれ育ち、19歳から35年間も「石巻圏」に尽力されてきた方です。利他の精神をもって取り組む、「伊東たかひろ」氏を、心からなる信頼をもって推薦させていただきます。

安藤真晴さん
安藤 真晴 さん
ストーリーライン株式会社 取締役
石巻市立牡鹿中学校2012年卒業

選挙のときだけ聞こえの良い政策提案をする方がいますが、選挙に出る前からそれ取り組んでいる方はどれくらいいるんでしょうか。よく「若者は選挙にいかない」と一括にされ嘆かれていますが、「約束は守るもの」だと教えているその大人が約束が守っていなかったら、選挙になんて興味を持つのでしょうか。まさに自分もそのうちの一人でした。ただ、今回伊東先生から選挙に出ると聞いたとき、一瞬、一ミリの迷いもなく何かお手伝いさせていただきたいと伝えました。その理由は単純明快で、伊東先生は自ら掲げている政策をとうの昔から既に実行しているからです。そして、その恩恵をまさに僕が受けていました。

東日本大震災、当時中学二年生で牡鹿中学校に通っていました。震災直後すぐに3年生に進級する訳ですが、進級しても学校に通える状況ではなかったため、大幅に遅れて学校再開しました。当然授業も遅れており、高校受験も控えていたため、多くの学生は不安な日々を過ごしていたと思います。牡鹿半島には学生塾がなかったため、車で片道1時間の市街地の塾に下校後母親に連れて行ってもらっていました。両親は漁業を営んでいたため、母親は仕事を終え疲労しているその身体で私を塾に連れていき、塾が終わるまで市街地で待機して、夜10時に帰宅する日々を繰り返していました。そして、ついに塾に送ってもらう道のりで母が意識を失い、人生で初めて救急車を呼び母を病院に連れていったことを今でも鮮明に覚えています。当然過労によるものでした。それから家族で相談し、街の塾に通うことは諦めました。(住む地域によって生まれる教育格差そのものではないでしょうか。)そんな時に、突然伊東先生が現れて、あまり利用されていなかった仮設住宅集会所を活用して中学3年生を対象に無料の学習塾を開いてくれていました。(さりげなく、2つ目の政策提言を「復興住宅などの有効活用」を実現していますね。)それから卒業、受験まで、伊東塾に通って勉強していました。無事に志望校に受かり、高校卒業後上京し、今は日本のテクノロジーを生かし社会課題の解決に取り組むベンチャー企業の取締役を務めております。あの時、伊東先生が現れていなかったら自分はどうなっていたのか。伊東先生が片道1時間の道のりに疲れ来てくれなくなったら自分はどうなっていたんだろう。と考えるときがあります。大人になった今、その大変さや、有り難みを深く重く感じています。

伊東先生が掲げる3つの政策、私からすると、どれも既に行動で証明してくれているので、有言実行の市議員になっていただけると確信しています。これまでの活動をより多くの子供や学生に届け石巻市の未来を変えるためには、当然様々な問題を一つ一つ解決していく必要となりますが、まずは石巻市民からの応援がないと着手できません。ここに伊東先生の取り組みの恩恵を受けた1人の実例があります。言い換えると、伊東先生が掲げる政策の実績がここに1つあります。未来を語るのは重要なことですが、語るのは誰でもできます。語ることよりも、その方がいま現在自らが提案する未来に向かってどう行動しているのかが重要ではないでしょうか。実行力があるビジョンを賭けていきましょう。(ちなみに、はじめて伊東先生と出会ったのは小学生4年生のころで、所属していたサッカーチームで出場した大会で対戦した相手チームの監督が伊東先生でした。当時は、「ニコニコしているおじさん」としか思っていなかったです笑)

大森啓生さん
大森 啓生 さん
UP10(アップテン)代表
Triangle Football Development/Sporting Director
石巻市立釜小学校時代に石巻山下サンファンFC(現プログレッソSC)所属

とにかく⼦供とサッカーが好きで、情熱的なコーチ。それが当時の伊東さんの印象でした。20年以上前の⼩学⽣時代から始まりプロサッカー選⼿を引退した現在もお付き合いをさせて頂いております。

学習塾とサッカーのツールを駆使し、教育を通して⽯巻の⼦供達・未来を背負う⼦供達にたくさんのgiveをされてきた傍ら、経済活動の活性化を⽬的に県外からの訪問者を被災地アテンドとしての活動も⻑年してこられました。私が被災地復興⽀援としてスポーツイベントを⾏いたいと提案した時も何の躊躇もなく快くアドバイス・サポートして頂き、無事に⼤成功を収めることも出来ました。

他⼈事でも「問題と向き合い、解決に向けて親⾝に考え、そして⾏動する。」それが伊東⽒です。
掲げている3つの政策も、無理なことは決して⼝にしない伊東⽒だからこそ説得⼒があります。この⼈間性から沢⼭の⼦供達が旅⽴って⾏きました。今となっては⽯巻を背負う次世代です。

伊東⽒は⽯巻が抱えてる問題解決に向けて豊富な教育経験による広い視野と⼈を惹きつける資質、リーダー⼒を兼ね備えた⼈物です。私は伊東たかひろ⽒を「⽯巻の改⾰者」として⾃信と確信を持って推薦致します。


経歴:
石巻市立釜小学校時代に石巻山下サンファンFC(現プログレッソSC)所属

ブラウブリッツ秋田~SC相模原~ブリスベン ストライカーズFC(オーストラリア)
2016年・2017年と2年連続リーグ戦優勝を果たし、2018年までリーグ年間ベストイレブン2回・月間最優秀賞・チーム年間MVPを受賞。
現在 UP10(アップテン)代表
Triangle Football Development/Sporting Director

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